「生成 AI を試してみたら、思ったより使えた。けれども、本番に進めるかと聞かれると、決め手がない」。PoC(Proof of Concept、本番の前に小さく試して、考えが成り立つかを確かめること)のあとで、こうして止まってしまう取り組みは少なくありません。
そのとき、「AI の精度が足りなかった」「まだ技術が早かった」と結論づけていないでしょうか。最終回では、止まる理由を、技術より前の、目標の決め方から見直します。
PoC のあとで止まる理由は、何ですか
調査会社の Gartner は、2024年7月、生成 AI のプロジェクトの 30% が、2025年末までに PoC のあとで中止される、という予測を公表しました。理由として挙げたのは、データの質の低さ、不十分なリスク管理、増える費用、そして「はっきりしないビジネス上の価値」です。企業は、価値を示し、実現することに苦労している、とも述べています。
このうち、データの質やリスク管理は、技術と運用の課題です。けれども、「価値がはっきりしない」は、技術ではなく、何のために試すのかという目標の問題です。目標があいまいなまま PoC をすると、結果が良くても悪くても、本番に進むかを判断できません。
日本の企業では、成果は測られていますか
IPA の「DX動向2025」では、DX の成果を把握する指標を設定している企業は、米国とドイツで 8割以上、日本では 3割以下でした。DX の成果が「わからない」と答えた企業も、米国とドイツの 5〜6% に対し、日本は 26.2% でした。測るものが決まっていなければ、成果が出たかどうかも分かりません。
テーマが「AI の導入」になっていませんか
「AI で何かできないか」「DX のために、まず PoC を」。こうして始まる取り組みは、テーマそのものが手段になっています。第1回で見たように、デジタル技術は手段で、目的はお客様や事業の変化です。
手段がテーマ
AI を入れる
- 生成 AI で何ができるか試す
- 成功の基準:AI がそれらしく答える
- PoC のあと:使えそうだが、決め手がない
目的がテーマ
お客様を待たせない
- 問い合わせへの最初の返事を、1日以内にする
- 成功の基準:返事までの時間と、答えの正しさ
- PoC のあと:基準に届いたかで、進むかを決める
当社による整理です。
PoC の前に、何を決めますか
PoC は、技術が動くかを確かめる場ではなく、目標に届く見込みがあるかを確かめる場です。始める前に、次のことを決めておきます。
- 1何を確かめるか目標に届くかを左右する、いちばん不確かな点
- 2成功の基準数字で。誰が、どう測るか
- 3本番に進む条件基準に届いたら、何を、いつ、いくらで
- 4やめる条件届かなかったら、やめるか、やり方を変えるか
- 5誰が判断するか進む・やめるを決める人と、その日
当社による整理です。
テンプレート:PoC 計画シート
| 項目 | 書くこと | 記入例 |
|---|---|---|
| 目的(目標) | 何のために。PoC の先にある目標 | 問い合わせへの最初の返事を、来年 3月までに 1日以内にする |
| 確かめる仮説 | いちばん不確かな点を、1文で | 回答の手引きを AI に検索させれば、担当者が答えを探す時間が半分になる |
| 成功の基準 | 数字と、測り方 | 20件の過去の問い合わせで、探す時間が平均 20分から 10分以下。答えの誤りは 0件 |
| 範囲と期間 | 誰が、何を使って、いつまで | サポート課 2名、手引き 30冊、6週間 |
| 本番に進む条件 | 基準に届いたら、何をするか | 全担当に広げる。年間の費用は〇〇円まで |
| やめる条件 | 届かなかったら、どうするか | 10分を超えたら、手引きの整理を先に行い、3か月後に再び試す |
| 判断する人と日 | 誰が、いつ決めるか | サポート部長、12月10日 |
| データとリスク | 使う情報の扱い、確かめる人 | 個人情報を含む問い合わせは使わない。情報システム担当が確認 |
記入例は、説明のための例です。
チェックリスト:PoC を始める前に
- □ PoC のテーマが、技術の名前ではなく、目的で書かれている。
- □ 成功の基準が、数字と測り方で決まっている。
- □ 本番に進む条件と、やめる条件の両方が書いてある。
- □ 判断する人と、判断する日が決まっている。
- □ 本番にしたときの費用の見込みを、PoC の前に出している。
- □ 使うデータの扱い(個人情報、社外秘)を確かめた。
- □ PoC の結果を、目的の担当部署と一緒に見る。
連載のふりかえり
IT 導入は、DX の土台です。けれども、ツールや AI の導入そのものが目的になると、DX はデジタルの導入で止まり、PoC は判断のつかないまま終わります。未来の姿から逆算して目的を決め、そこに近づいたかを測る。技術の前に、まず目標を決めることが、DX を前に進める一歩です。
このコラムで言えないこと
- PoC が止まる理由のすべてが、目標の決め方にあるわけではありません。Gartner も、データの質、リスク管理、費用を理由に挙げています。
- Gartner の数字は、2024年時点での予測です。実際にどれだけのプロジェクトが止まったかを示すものではありません。
- IPA の調査の数字は、回答した企業の自己評価です。
連載「DX は、IT 導入と何が違うのか」
- 第1回 IT 導入と DX は、何が違いますか
- 第2回 積み上げ型と、未来からの逆算型
- 第3回 PoC が実らないのは、技術のせいですか(この回)
目的の整理から製品の選び方、予算の説明までの具体的な進め方は、連載「ビジネスの目標を達成するための IT 導入」(全5回)で、テンプレートと一緒に紹介しています。
一緒に、目標から考えませんか
「AI を入れたい」「DX を進めたい」という段階からでも構いません。その先に何を実現したいのかを、一緒に言葉にするところから始めます。
関連するページ
- 第2回 積み上げ型と、未来からの逆算型:前の回
- IT ツールを選ぶ前に、何をしますか:連載「ビジネスの目標を達成するための IT 導入」第1回
出典
- 生成 AI のプロジェクトが PoC のあとに止まる理由:Gartner「Gartner Predicts 30% of Generative AI Projects Will Be Abandoned After Proof of Concept By End of 2025」(2024年7月29日)(別のタブで開きます)
- 日本・米国・ドイツの DX の成果と、成果を測る指標:IPA「DX動向2025」の公表(2025年6月26日)(別のタブで開きます)
- DX の定義と、DX の 3つの段階:近畿経済産業局「DXに関する経済産業省の施策紹介」(2023年3月、PDF)。DX レポート2(経済産業省、2020年12月28日)と、デジタルガバナンス・コード2.0 による(別のタブで開きます)
確かめる
この記事の内容から、2 問です。選ぶと、その場で答えと説明が出ます。
問い 1Gartner が挙げた、生成 AI のプロジェクトが PoC のあとで止まる理由に含まれないものは、どれですか。
Gartner が挙げたのは、データの質の低さ、不十分なリスク管理、増える費用、はっきりしないビジネス上の価値です。
問い 2PoC を始める前に決めておくこととして、合っているのはどれですか。
結果が出たときに進むかやめるかを決められるよう、基準と条件と判断する人を、始める前に決めます。
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